噓でもいいから
堀江敏幸
噓でもいいから
堀江敏幸
日中も煌々と照らしつづけていた看板照明や、影ができないくらいの空間を演出していた蛍光灯も、一列おき、あるいは二列おきに間引かれて、有事の次の有事に備えていた。見えない粒子の飛散には対処できなくても、目に見えるものになら手をつけられる。それはまことに自然な反応で、照明を落としたその状態のほうがずっと正常であるように思われたのだが、そういう気持ちをみながいつまで維持できるのかまではわからなかった。
明るさが活動のしるしで、暗ければ閉じているという了解はたしかにある。事故のあと、街に本来の
登録初月は無料
ここから先をお読みいただくには
会員登録をお願いいたします
登録をすると、創刊号(2020年2月1日号)からのバックナンバーをすべてお読みいただけます。