特集とりとめな記
特集編集班
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永井文芸、天の教示
万年editor
人は経験で生きる。
経験がその人を作る。
表現も、想像だけでは創造たり得ない。
作家が死へ向かう人間を世に伝えんとするとき、作家自身にもそれまでに経験した死者への向き合い方の深さ、悲しさがなければ表現する資格を疑われかねないのである。
この特集の永井みみ「テル、の一生。」は、彼女が文学という平野に揺らぎなく立つ理由が明示されている。昨年(令和三年)の第45回すばる文学賞受賞作『ミシンと金魚』は、介護現場を描いた傑作だが、ケアマネージャーとしての務めを果たし、多くの死を見ただけでは書けなかったことがよくわかる。
永井は「テル、の一生。」で表現した自分の苦しみを業報と呼んだ。報いだというのである。
地獄絵を見た気がした。表現することでしか救われないのだ。
『ミシンと金魚』を読んだとき、説経節だと思った。一人称であり、リズムがあり、きびしい言葉が並ぶ。
「私は、口承文芸というものの持つ、力強さ、恐ろしさ、にあこがれ、『文学』という学問ではなく、本来、庶民のものであるところの『文芸』を目指した」と語っている。
中世に生まれた語り物である説経節が人間の業を見すえたものとすれば、永井の文章は現代版説教節にちがいない。「『ごぜ唄』『尼僧による地獄極楽の絵解き』を強く意識した」という。
ともすれば介護、高齢社会という言葉がマスコミを賑わす流行語になりかねない今。永井みみの表現は我々の死生観を鍛え直すために紡がれた天からの教示ではないだろうか。
『ミシンと金魚』(集英社刊)一五四〇円(税込)