楸邨山脈の巨人たち
北大路翼
楸邨山脈の巨人たち
北大路翼
第六回 強靭な静寂 森澄雄(三)
壮絶な妻恋
(『所生』平成元年刊)
「さう思ふ」の絶大な信頼感。夜の長さも、平穏な暮らしがあればこそ。空気のように連れ添った妻はもういない。愛妻を喪った澄雄の落胆は終生消えることがなかった。空気なればこそ、呼吸には酸素が必要なのだ。
「嚔して」は亡くなった直後の句か。「見られたる」に亡妻の存在感がある。嚔もリアルな身体性があり、まだまだ肉体としての妻の姿を感じさせる。わざわざ「仏の」と断わっているところにも死を受け止め切れないつらさが滲み出る。翌年(平成二年)には、妻への哀悼句ばかりを集めた『はなはみな』を刊行。執着とも言える凄まじい妻恋である。この頑なさが澄雄だとしみじみ思う。
水餅の春までもちし妻亡くて
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