楸邨山脈の巨人たち
北大路翼
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第十六回 数奇なアベレージヒッター 沢木欣一(二)
静かな思い
高名とは卑俗の最たるものであるから
価値あるものは高名を超越した無名なる
ものである
第一句集『雪白』の「跋に代へて」と題した文の一部である。「名もなき物」への信頼を綴っているが、忌避していた「名」の自縛に欣一は陥ってしまう。
昭和十九年東京帝國大学卒業(二十五歳)、二十二年石川師範学校講師、二十五年金沢大学法文学部国文科専任講師、三十一年文部省教科書調査官、四十一年東京藝術大学音楽学部助教授、四十七年俳人協会理事、六十二年俳人協会会長。そのほか、各新聞の選者も三十代の頃から務めていた。順風満帆な人生である。
ここでの「名」が単に名声を示すものでないことは百も承知であるが、市井の俳人とはいえない肩書である。無学な僕の羨望だとしても、文学はどこかで反権力であって欲しいと思う。欣一がアベレージヒッターになったのは、生活的な背景があったのではないか。
膝に蒲団はさみて寝るや守宮鳴く
蝙蝠の喰ひ散らしたる阿旦の実
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