『 アーツ&クラフツ、娘の仕事 メイ・モリスという才能 』
大澤麻衣
アーツ&クラフツ、娘の仕事 メイ・モリスという才能
大澤麻衣
第4回 ヴィクトリア朝の女たち
アーティストとは孤独なものだ。何もかもを忘れ、ひたすら制作しているときほどの幸福感はない。かたや、自分だけの世界に簡単に閉じこもってしまう危うさが常につきまとう。そういう時は同志とつながるコミュニティーの必要性をひしひしと感じる。
それがメイ・モリスのように、ヴィクトリア朝の女性アーティストの立場だったら一体どうだろう。女性にはまだ選挙権すら与えられなかった時代のことだ。
© William Morris Gallery, London Borough of Waltham Forest
1908年ころのメイ。彼女にとって生産性が高く、もっともクリエイティブな時代だったと思われる
メイの父ウィリアム・モリスもまた、デザイナーやアーティストを支えるコミュニティーの必要性を感じていた。そしてジョン・ラスキンらと共に「アート・ワーカーズ・ギルド」という協会を創設する。ところがそれですらメンバーになれるのは、畢竟、男性のみであった。
すでに一線で活躍していたメイでさえ、自分の役割はあくまで父と商会を陰で支えるものと割り切っていた。それでも、彼女にとって馴染みある人たちで成り立っていた「アート・ワーカーズ・ギルド」。女性という理由だけで参加資格がないのは、どんなに屈辱的なことだっただろう。
しかしそこで諦めてしまわないところが不撓不屈のメイだ。1907年、彼女は「アート・ワーカーズ・ギルド」のいわゆる女性版、「ウーマンズ・ギルド・オブ・アート」を設立してしまった。