『 寺子屋山頭火 』
町田康
寺子屋山頭火
町田康
第五回 やはり銭の労苦
だから、ぐうたらな山頭火は趣味的な古書店を始めたが長続きせず、額縁屋に転業、店はもっぱら妻に任せて、自分は酒を飲んで怠けていた。
というのは外形的なことで、というのは新聞記事のように言えばそうかもしれないが、真相、そのとき人の心のなかで起こったこと、成り行き、はもう少し複雑であったように俺には思える。
そもそも典雅な古書店を額縁屋に商売替えしたことそのものが、生活、ということに対する山頭火の真面目さ、真剣味、の現れであったのではないだろうか。
しかし。
生活というものは眦を決してするものでないのもまた事実なのである。
この辺りの力の入れ所、抜き所、を山頭火という人は決定的に取り違えていた。と断定するのは小説家の悪癖。ごめんな。
そんなことで、銭を稼ぐために始めた典雅な古書店は額縁屋になり、基本的には妻が切り回すし、自らは行商ということになった。
普通の人間ならそれで、まあいろいろ不満を抱きながらも、
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