猛獣ども
井上荒野
猛獣ども
井上荒野
2
扇田充琉
「圭ちゃん!」
トイレを出ると、扇田充琉は叫んだ。悲鳴みたいになってしまった。夫の圭がぎょっとなって、見ていたスマートフォンを取り落としそうになった。
「見て! これ!」
充琉は妊娠検査薬のスティックを振り回した。細い圭の目がそれなりに大きく見開かれる。
「陽性?」
「そう!」
「マジ?」
「マジ!」
圭がわたわたと立ち上がり、近づいてくる。彼が広げた両腕の中に、充琉は飛び込んだ。
「嬉しい?」
と充琉は甘えた声で聞いた。
「嬉しいよ。嬉しいに決まってるよ」
ぎゅうっと抱きしめられ、夫の匂いと体温と幸せが充琉を包んだ。
妊娠を確定させるため、明日病院へ行く。圭が、付き添って行くために会社を休んでくれる。
そんな相談をしてから、圭は出勤していった。充琉はいつものように一緒に外に出て、夫の車を見送った。いつものように、車が見えなくなるまで手を振った。きっと圭もバックミラーを見ながら、幸せそうに微笑んでいるだろう。
六月に入って一週間が過ぎた。そろそろ梅雨入りしそうだが、今朝はうっすら日差しがある。それでも標高が高い
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