寺子屋山頭火
町田康
寺子屋山頭火
町田康
第六回 額縁の行商をはじめたが
というと、そりゃ、山頭火だってそれくらいのことは訣っていただろう。
だから、防府から熊本に移って始めた店をムチャクチャに攻めた店にはしなかっただろう。
といってでもやはり、家が金持で家具調度やちょっとした飾り物やなんかでも、子供の頃から、善きもの、真物を見て育ったから美意識は発達しているし、文学文芸についても突き詰めて考えているから、本人は妥協したつもりでも、普通の、「ゴルゴ13」とか、「釣りバカ日誌」などを愛読している人間からすると、難解な本ばかりが並ぶ、敷居の高い書店ということになってしまう。
なので当然、儲からない。
というのは山頭火からしたら実におもしろくないところで、だってそうだろう、自分としては力を尽くして理想の店を作ろうと思って様々に心を砕いた。元手もかけた。なのに客が来ない、というのはおもしろくなくないわけがない。
というようなことは例えば音楽の分野やなんかにもよくある話で、本人としては非常に凝り、洒落た響きになるように工夫、進み行きや構成を複雑にし、歌詞やなんかもありきたりなものにならぬよう奇矯な刺激語や詩語を導入して、四分間の中に宇宙を顕現せしめた! と悦に入る。
ところが、ファンはそんなものは欲しておらず、
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