寺子屋山頭火
町田康
寺子屋山頭火
町田康
第五回 酒屋から本屋へ商売替え
種田正一aka山頭火は郷里を退転、熊本に落ち延びた。
先日、歌人の穂村弘氏と池袋で対談して終わった後、七、八名で飯を食べに行った。そうしたところそこへ海猫沢めろん氏がやってきた。名前は存じていたが会うのは初めてである。しばらく話して彼が熊本に在住していると知った。しかし海猫沢氏のアクセントは関西風で、どういうことかとたずねると、「熊本には数年前から住んでいるが元から縁のある土地ではない」と言った。
「あー、そうだったんですねー」と気のない返事をした。そうしたところ彼は、
「しかし住んでみてわかったことがある。熊本はよいところである。多くの人が熊本に来て、そのまま住み着いて去らない気持ちがわかる」
と言ったのだが、果たして山頭火の場合はどうだったのだろうか。
というか、その前になぜ熊本だったのか。山口からだったら福岡とか佐賀でもよかった。或いは熊本まで行くのであれば、鹿児島でもよかったはず。というか、どうせ縁の無い土地に行くのであれば種子島でも奄美大島でも同じではないかとすら思う。
ところが山頭火は熊本を選んだ。なぜか。
そんなものは山頭火本人に聞かないと分からない。というか仮に山頭火本人に聞いたとしても、本当のことを言うか
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