『 スーパーフィッシュと老ダイバー 』
岡本行夫
スーパーフィッシュと老ダイバー
岡本行夫
第6章 怒り、喜び、そして悲しみ―異端者
ジョージは、その二日あと、まえから気になっていたラスモハメッド岬の老ダイバーのところにいった。
老ダイバーは、いつものとおり、ひとりだった。単独の潜水は危険なのだが、かれは、つねに、ひとりだった。
その日も、窪みに腰をおろして、目のまえをとおりすぎていくロウニンアジや、ツバメウオの大群を、ながめていた。
ジョージは、思いきって近づいていった。老ダイバーは、ほほえみをたたえてジョージを見たが、眼はふかい悲しみのなかに沈んでいた。
ジョージは、この人間には、なぜか敵意を感じなかった。それどころか、かれといると、安らぎすらおぼえたのである。
あの満月の夜の事件いらい、ジョージは、こころでハンスと話すことができるようになっていた。
「なにをしているんですか?」
老ダイバーは、ジョージを見つめた。
いっしゅん、悲しみの表情は消え、おだやかさが支配した。
「わたしはハンスだ。おまえの名前は知ってるよ。自分では知らないだろ? 名前は他人がつけるもんだからな。人間たちは、おまえをジョージと呼んで、狙ってるよ。ダイバーにとって危険なヤツだからと。気をつけてな」
ジョージは、水中銃をもったダイバーに体当たりしたことを思いだした。
「なぜ、いつもここにいるの?」
「ここにいると、いなくなった家族と一緒にいられるんだよ。陸とはちがって、この海のなかいるのは、妻と娘のおもかげと、わたしだけだ」
「でも、毎日?」
「人間のこころにあるのは、喜びと、怒りと、悲しみだよ。
すべて感情は、この三つの組みあわせなんだよ。
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