猛獣ども
井上荒野
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井上荒野
5
小松原慎一
「えっ」
と慎一は大きな声を上げてしまった。
「五味くん? トルコ料理の?」
「そうよぉ。え? 知らなかったの?」
レイカさんは、慎一が知らなかったことに驚いていた。ふたりは慎一の運転で、管理事務所の軽トラックに乗っていた。日曜日の午後四時過ぎ、この時間帯に慎一が買い物へ出ることを知っている彼女は、自分の用事もその時間に合わせたうえ、管理事務所へやってきて駅までの同乗を要求する。ずうずうしいというほかないし、管理人にそこまでする義務もないのだが、なし崩し的に通例になってしまい、気安い相手ではあることだし、別荘地内の情報収集の機会として慎一は受け入れることにしていた。
「なんで知らないかなあ。じゃあ、男のほうのことも知らないの?」
「そっちはこの前、家族の人たちが現場に来たから。雹がすごい日で、事務所でしばらく待っててもらったんですよ。そのときに少し話しましたから・・」
「そのとき、相手が五味くんの奥さんだって話は出なかったの?」
「出なかったっていうか、聞ける雰囲気でもなかったし・・。恨んでましたからね」
「恨むって、そんなのどっちもどっちじゃないねえ? 五味くんだって恨んでるでしょうよ、相手の男を」
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