猛獣ども
井上荒野
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8
神戸みどり
今朝は久しぶりに洗濯ものを外に干せた。
思い切って買った乾燥機付き洗濯機が、梅雨の間は活躍していたのだが、やっぱり外で乾かせるのは気持ちがいい。神戸みどりは、晴れ渡った空を仰いだ。
テラスから家の中に戻ると、そこはリビングで、階段に沿った壁がすぐ目に入る。十数枚の絵がそこには掛けられている。大きさはまちまちだが、どれもみどりの肖像画だ。結婚以来、誕生日の贈り物として毎年夫の武生が描いて、額装してくれるもの。結婚二十七年になり、二十六枚の絵があるが、全部掛けるスペースはないので、ときどき武生が入れ替えている。この壁を見るたびに、みどりは幸せになる。
リビングの横に夫のアトリエがある。そのドアをみどりは開けた。夫が、さっと動くのが見えた。ドアの前に、みどりから中が見えないように立ちはだかって「今はだめ」と言って笑った。
「今年も描いてくれてたの?」
わかっていたことをみどりは聞いた。六十五歳の誕生日は今週末だ。もちろん、と武生は答えた。
「今年は誕生日会をやってくれるから、絵はないかなと思ってたわ」
「何言ってるんだ、誕生日会なんて付け足しだよ。絵がメインディッシュだ」
「今年はどんな私?」
「誕生日まではひみつに決まってるだろ」
みどりは笑い声をたてた。
「洗濯もの、干し終わったわよ。
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