『 スーパーフィッシュと老ダイバー 』
岡本行夫
スーパーフィッシュと老ダイバー
岡本行夫
第7章 好奇心と旅立ち―挫折
ジョージは、よく日、またハンスのところにいった。
「ハンス、ぼくは三日まえに、不思議な声を聞いたんだ。ここを出て、まだ知らぬ海を見てこいって。そして海の悲しみを知れって。でも意味がわからない。
いったい、だれの声だったんだろう」
「ジョージ、おまえが聞いたのは、神の声だ。神は、われわれにいつも語りかけてくださるが、じっさいに声を聞いた人間は少ない。なぜ少ないか、わかるか? 聞く人間に好奇心がないからだよ。だから、声がこころのなかで聞こえても、気がつかない」
「好奇心ってなに?」
「新しいことを知りたいという気持のことだよ。その気持が大きい人間は、木の葉のざわめきを数式であらわせないかとか、すぐに考える」
「木ってなに?」
「そうか、ジョージは木を見たことがないよな。じゃ、海の話にしよう。海に入ってくる光線は一本一本、みんなちがう。光の量は、日によってちがうし、海面の波でもゆらぐ。光は、潮の濃さでも変わる。遠い昔から、一本だっておなじ光線はない。
きょうの光は海をどう変えているのだろうか、と考えてごらん。それが好奇心だ。そこから、新しいことがはじまるんだよ」
「新しいことをもとめる人間や魚には、神の声が聞こえるんだよ。おまえに聞こえたのは、神の声だよ。外の世界を見ておいで。そしたら、海の悲しみも聞こえるだろう」
ジョージは決心した。
そして、二日あと、南にむかって出発した。紅海をぬけてアデン湾にいくだけでも、2000キロ以上ある。ジョージにはわからなかった。
仲間たちは、故郷から出ていくかれを見送りにもこなかった。
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