『 完成に向かって。 』
伊藤比呂美
会員の方はフルバージョンの朗読動画がご覧いただけます。
第2回種田山頭火賞は伊藤比呂美さんに決まりました。その伊藤さん、2019年10月3日の授賞式懇親会でサプライズ。伊藤版「般若心経」を朗読してくださいました。
完成に向かって。
伊藤比呂美
(薄暮。川のほとり。階段ができている。30〜40人の聴衆のいる場。川の向こうで、ぶっだがめいそう中。階段の上に立って話をしているのは、かんのん。修行者であり、ぼろぼろの糞掃衣を着ている。目を輝かせて生気に溢れ、身体をいつも動かさずにはいられないような話し方、やや早口。30歳〜50歳。女でも男でもtransgenderでも。階段の一段下がったところにいて、かんのんを見上げているのは、しゃりし。修行者であり、男であり、ぼろぼろの糞掃衣を着ている。かんのんよりは年上。禿が好ましい。かんのんが、観客のほうを見て、立ちあがって口を開く)
わたしは共感する者であります。
人の苦がありありと目に見えるんです。
共感しながら、人々を向こう岸へ渡したいと思っています。
今日は、わたしの発見したことを話します。
(かんのんはちらりとぶっだのほうを見る。ぶっだ、めいそう中にて反応なし)
わたしという存在が。
色る。
色ることを受る。
それについて想う。
わかろうと行る。
識る。
これが「わたし」という存在をつくるプロセスだということ。
そしてさらにわかったんです。
そのいちいちのプロセスは「空っぽ」だということ。
そう考えたら、たちまち。
苦だらけの日々からスッキリと苦が抜けました。
(しゃりしは怒ったような顔をしてかんのんをみつめる)
聞いて、しゃりし。
「色る」と「色るが空い」はちがわない。
「色るが空い」と「色る」はちがわない。
「色る」は「空い」で
「空い」は「色る」だ。
そしたら、色る・受る・想う・わかろうと行る・識るについても
ひとつ、ひとつ
ここから先をお読みいただくには
会員登録が必要です。