『 寺子屋山頭火 』
町田康
寺子屋山頭火
母の自殺は山頭火の生涯に暗い影となってまとわりつく。さらに酒造場破産、サキノとの離婚……。
失意の底にあった山頭火には、この間、もう一つの衝撃的なできごとが起こっていた。
町田康
第十一回 弟二郎の運命
自分自身が今こうなってる理由はなにか。ということを考えるとき、人は二つのことを言う。「お蔭」と「せい」である。
どういうことか。まず、「お蔭」について言うと、今がたいへんによく、その理由を他に説明するときは、「お蔭」について言う。
具体的に言うと、スポーツ選手が優勝したとき、政治家が選挙に受かったとき、賞を貰ったとき、結婚したとき、など慶事吉事に臨んでは、「私の今日あるは皆様のお蔭」と言った調子で、「お蔭」について語り、
「私が優勝できたのは人並み外れた才能があったからです」
とか、
「当たり前です。努力したんで」
など言う人はおらずそこは謙虚に、「お蔭」を強調する。
次に、「せい」はどうかと言うと、今がとても悪く、その原因を考えて、「せい」に辿り着くのは、
「俺が出世できないのは嫁の実家が水呑百姓だから」
とか、
「俺が貧乏なのは周りの人間がそろって悪辣だから」
とか、
「俺の作品が売れないのは大衆が愚鈍だから。それとフリーメーソンの陰謀」
といった具合である。
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