気まぐれ編集後記
春陽堂書店Web新小説編集部
気まぐれ編集後記
驚くべきかな、我が国の飼い猫の数は、およそ894万頭。オーストリアの人口に匹敵するらしい。狭い国土に二つの国があるということか。
だが、時代によって猫のイメージは変わる。今は立派な家族の一員で癒しのシンボルだが、江戸時代には化ける存在としても知られていた。たとえば歌舞伎の舞台には猫の怪が出てくる。
それは歌舞伎狂言作者・鶴屋南北の「独道中五十三駅」の四幕目・鞠子在の古寺の場に登場する。なんとも奇天烈な舞台の衣装で、破れた十二単衣を猫の怪の役者に着せたのだが、公家女子の正装ではないか。
さらに、宙を飛ばせる、盆踊りはさせる、行燈の油はなめさせる、女の首はくわえさせる、猫石に変化させて口から火を噴かせても見せた。かわいいはずの猫になんでそこまでさせなくちゃいけないの? と作者・鶴屋南北に問い詰めたくもなる。しかし、観客の度肝を抜いたのは確かにちがいない。
同じ時代に生きた浮世絵師・歌川国芳はこの舞台を絵画にしたが、舞台と絵画の二つのジャンルの鬼才がコラボレーションしたのである。日本文化の栄華の時だ。
さて、今、化け物といったら変異を続ける新型コロナウイルスか。どこまで化ければ気がすむのだろう。猫の怪の方がマシだと思う方も少なくないのではないでしょうか。
(万年editor)
参考 『日本戯曲全集 第十一巻 鶴屋南北怪談狂言集』
(春陽堂書店昭和五年)