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『 寺子屋山頭火 』

町田康

寺子屋山頭火

町田康

第二回 分け入らなければならなかったのはなぜか

ということで、なんで山頭火は分け入らなければならなかったのか。大正十五年四月以前、山頭火の身の上になにがあったのか。

というとこのとき山頭火はもはや四十四歳。平均寿命が五十歳とかそんな時代だから、もはや老境に差し掛かっているといえる年格好である。そんな年になって行乞、というと聞こえはよいが、はっきり言えば乞食になるのだから、そりゃあ、いろんなことがあったのだろう。

ということでここに至るまでの山頭火の生涯について書きながら考えてみたいが、時代を追って詳しく書いていると長くなるというか、自分は小説家なので、詳しく書こうとすると、ついつい想像を交えて、

そのとき山頭火は思った。「屁をこきたいなあ」と。
とか、

その川の向こうには杉林が見えた。葉陰に猿が休息していた。まるでバカみたいな猿であった。杉林の傍らの民家の屋根にも猿はいた。その頃、スタバはまだ日本になかった。

なんて、なんの証拠もないこと、書く必要のないこと、をくどくど書いてしまい、上中下巻、合わせて六千頁に及ぶ大著、みたいな感じになってしまう可能性があり、それはできれば避けたいので、取りあえずいまはざっと略歴みたいなものを書いて、この後、必要に応じて徐々に細かい経歴について考えるということにしようと思う。

どういう感じかというと、山頭火の一生がスーパーマーケットであったとすると、最初はあまり棚を細かく見ないで、まずはぐるっと一周回り、「ほっほーん、ここは青果売り場か、そいで、次が惣菜売り場か。ほいで牛乳とか売っているところがあって、鮮魚、精肉、と続くわけか」と全体を大雑把に把握して、二周、三周、四周、五周、何度も周回しつつ、その理解を詳細なものにしていこうと、こういう魂胆である。

そしてそのときどき、カレーを作りたい目線、うどんを作りたい目線、知り合いと家で鍋する目線、台風が来るというので水とか買いに行く目線、盆の準備目線、とさまざまな視点・視座から棚を眺めることによってその理解をより深いものにしようと、こう思うのである。

ということで大正十五年四月までの山頭火の生涯を簡単に書くと、

山頭火は明治十五年に生まれた。本名は種田正一。実家は大金持ち。中学時代から俳句を作り始め、卒業後、早稲田大学に進むも中退 (明治三七年・二二歳)、山口に戻り、家業を手伝い結婚もする (明治三九年・二四歳) が実家破産。熊本に移って古本屋を始める (大正五年・三四歳) が単身上京 (大正八年・三七歳)、離婚 (大正九年・三八歳)、それから東京でバイトしたり就職したりしていたが熊本に舞い戻り、別れた妻の家に転がり込み (大正一三年・四二歳)、やがて禅門に入り、出家得度して観音堂の堂守となる (大正一四年・四三歳)。

ということになる。これを大きく分けると、
  1. 生まれてから大学を中退するまで。〇歳〜二二歳
  2. 山口に戻り実家が破産するまで。二二歳〜三四歳
  3. 熊本→単身上京。三七歳〜四〇歳
  4. 熊本に戻り出家。四〇歳〜四三歳

の四つに分けることができる。

この間に、山頭火が、解くすべもない惑いを背負う、ことになった直接間接の原因があった、と取りあえずは考えてみる。

といってなんの情報も知識もなくただ考えてみても、「人間、生きてればいろいろあるよねー」くらいのことしか思い浮かばない。そこでこの二週間の間に読んだ本のうち、村上護氏による評伝『山頭火 漂泊の生涯』を参考にしていろいろ考えてみたところ、ひとつの問題として、「やっば銭の問題って大きいよね」ということが私の半ば腐敗した頭脳のなかに浮かび上がった。

どんな綺麗事を言っていても人間が生きていくためにはどうしても銭というものが必要となってくる。

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