大人の遊園地
谷川俊太郎
大人の遊園地
落下
谷川俊太郎
その崖から私は転げ落ちるだろう
灌木の枝に縋るが枝は折れ
草を掴むが草は根こそぎ抜け
踏ん張るにも足は土をえぐるだけ
落下の衝撃に耐えようと体を丸めるが
私は落ちきらずにどこまでも
ずるずるごろごろ落ち続ける
これは何かの比喩だと思いたいが
擦り傷切り傷の痛みはひどく具体的だ
その崖から私はまだ落ち続けている
打撲の衝撃に備えて筋肉は強ばり
頭脳は未来の情景を思い描こうとするが
絶えず落ち続けている以上
未来は落下地点で終わるしかないだろう
これじゃ恋も出来やしないと
冗談で気を紛らわそうとするが
笑ってくれる者はどこにもいない
この落下の持続を運命と名付けるべきか
それともなんでもないふりをして
日常のままに終わらせるべきか
重力が地球を隅々まで支配している以上
落下地点は大気圏を逸脱しない
その事実は事実を超えて叙情的だ
落下を生の永続する余韻として歌うために
私はむしろいつまでも落ち続けていたい
そう考えるのは病的であろうか
読者諸賢のご教示を仰ぐ次第だ