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斎藤茂吉の危機と再生

小池光

斎藤茂吉の危機と再生

小池光


近代短歌最大の歌人斎藤茂吉の年譜を眺めていると、ずいぶん波乱の多い人生だったと思う。いくたびも危機、転機があった。そのたびに強い忍苦の精神を発揮して、切り抜けてきた生命力、生活力の強靭さに打たれる。
 その一つが経営していた青山脳病院の全焼事件である。
 大正十年(一九二一年)、当時三十九歳の茂吉は、念願のヨーロッパ留学を果たす。最初ウィーンで研究し、次にミュンヘンの研究所に移って勉学に没頭した。三年余り欧州に滞在して医学博士の学位も得、ヨーロッパ各地も旅行して充分の満足も得た。あとは日本に帰るばかりである。それが帰国の船が香港を出て間もなく、病院全焼の電報が茂吉のもとに届くのである。なんという不運不幸であろうか。その夜さすがの茂吉も一睡もできなかった、と書いているが、無理もない。
 その病院は普通の病院ではなくて、個人の精神科病院としては東洋一の規模をもつ大病院であった。写真が残っているが、ただ大規模なだけでなく、たたずまいがさながら宮殿かリゾートホテルかと見まがうほどの斬新なものであった。同じ敷地にあった茂吉の自宅も半分焼けたが、辛うじて全焼は免れ、帰国した茂吉はここで生活するのである。
 そのときの不自由な日々からの歌が『ともしび』という歌集に収録されている。いくつか紹介しよう。

とどろきてすさまじき火をものがたる穉児をさなごのかうべわれはでたり

穉児は数えで十歳になった長男茂太である。

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