文芸放談 オカタケ走る!

岡崎武志

文芸放談 オカタケ走る!
第2回ゲスト 作家 奥泉光さん

岡崎武志

奥泉光に聞く 漱石探求の果てしない愉しみ ~その3~

芥川賞作家・奥泉光さんにお聞きする文芸放談もついに最終回。夏目漱石の描く女性像とは? もし漱石が長生きしていたら? 好奇心の赴くままに分け入る漱石の世界。作家とその作中人物がイキイキと動き出す、興味の尽きない対談をご堪能あれ!

撮影:隈部周作 取材協力:つばめさぼう

奥泉光(おくいずみ・ひかる)

作家、近畿大学文芸学部教授。1956年山形県生まれ。1986年『地の鳥天の魚群』でデビュー。1993年『ノヴァーリスの引用』で野間文芸新人賞・瞠目反文学賞、1994年『石の来歴』で芥川賞を受賞。その他、2014年『東京自叙伝』で谷崎潤一郎賞など受賞歴多数。2012年より芥川賞選考委員。主な著作に『神器 軍艦「橿原」殺人事件』『シューマンの指』『雪の階』『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』など

『「吾輩は猫である」殺人事件』『夏目漱石、読んじゃえば?』『坊ちゃん忍者幕末見聞録』など、夏目漱石をテーマに据えた作品を数多く発表している。いとうせいこうとの共著『漱石漫談』をはじめとする『文芸漫談』も充実

岡崎武志(おかざき・たけし)

文筆家、書評家。1957年大阪府枚方市生まれ。高校の国語講師、出版社勤務を経て文筆家に。「神保町系ライター」「文庫王」「均一小僧」などの異名でも知られる。『読書の腕前』『女子の古本屋』『上京する文學』『ここが私の東京』『古本道入門』『人生散歩術』など著書多数。近著に『これからはソファーに寝ころんで』『明日咲く言葉の種をまこう』ほか

漱石の入口はこれがおすすめ

漱石の作品の中で、必ずしも『こころ』は出来のいい作品とは言えない。教科書に『こころ』は載せなくてもいいんじゃないかと、僕は思いますね。

奥泉さんは、本来なら何を載せるべきだと思いますか。

『吾輩は猫である』がいいと思いますね。『坊ちゃん』でもいい。

『坊ちゃん』は中学校の教科書に割と採択されていますね。

『草枕』はちょっと言葉が難しい。載るとしてもだいたい冒頭になっちゃうんですよね。『草枕』は芸術論的な思弁が大きな要素になっていて、あそこは思弁の部分。ほかにもっといいところがあると思う。

那美さんが温泉に裸で入ってくるところとか。床屋で荒っぽく頭をごしごしやられるシーンもいい。

あ、いいんじゃないですか(笑)。

でも、あの冒頭を覚えてる人は非常に多いですよね。あまり教養がない人でもね。

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」。有名ですからね。

いまの現代小説で、冒頭部が暗誦されている、ってちょっと考えにくいです。

そうですね。でも、有名な冒頭のせいで、『草枕』はああいう小説だっていうイメージがついちゃった。理屈っぽい、っていうかね。かならずしもそういう小説じゃないんだけど。

『草枕』はピアニストのグレン・グールドが好きだっていう話ですが。

グールドはね、割と読んでいたって言われてます。もちろん翻訳でですね。

もし英語ができれば、英語の翻訳で読んだ方が、もっとすんなり分かるかもしれない。『源氏物語』をA・ウェイリーの英訳で、正宗白鳥が読んだ話がありますね。

そうかもしれませんね。『草枕』が難しいのはしかし、意図的なものです。意図して難解な言葉を使っている。積極的に漢語を導入したりしている。すんなりとは読めないようになっている。

司馬遼太郎は講演の中で『草枕』について「全編、漱石のちょっと無意味な、装飾的な哲学ふうの小説であり、読んだからためになりますということでもない。遊びの哲学であり、一種の美文であります」と言っている。

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