寺子屋山頭火
町田康
寺子屋山頭火
町田康
第四回 切っても切れぬ文芸と銭
大正五年、種田酒造場は経営危機に陥り、種田家は破産する。まあそれ以前からあまりうまくいってなかったのだが、死に体の種田酒造にとどめを刺したのは、大正四年、仕込み中の酒が腐ったことであるという。
この話は自分も以前、何度か読んだことがあり、例えば、石川桂郎という人が書いた『俳人風狂列伝』(中公文庫)という本には、「父・竹治郎とともに酒造場を経営するも二年連続で酒蔵の酒を腐らすなどし、」という感じの文章があったように思う(その本は紛失してしまった)。
この文章がなぜか印象に残った。なぜなら、いくら酒飲みだからといって、人はそんな急に酒造場を経営するものか?という疑問を抱いたのと、酒蔵の酒が腐るほどテキトーな経営というのをおもしろく感じたからである。
それからは、
「前は、もう嫌っていうほどカネあったけど、親子で遊んでたらカネなくなってきたなあ。どうしょう?」
「うーん。どうしよう。じゃあ、酒造とかやってみる?」
「ああ、ええなあ、けどやったけどなあ」
「まあまあ、いけるんじゃない」
「じゃ、やろうか」
「うん、やりましょう」
みたいな、まるでコントか漫才のような軽みのあるやり取りが想像せられておかしかったし、酒が腐るというのも、
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