気まぐれ編集後記
春陽堂書店Web新小説編集部
気まぐれ編集後記
父親が将棋好きだった。暇を見つけては友人を書斎に呼んでパチリパチリと将棋を指していた。私が小学校高学年の頃だったが、書斎の外にいても、どっちのパチリが父の指す音なのか、聞き分けることができた。とくに私は耳のよい子どもだったわけではない。父の友人が帰って、勝負の様子を聞けば、やっぱりあの音が父だったとわかるのである。勝負をかけた時は静かに駒を置いていた。
父の音が将棋の駒とすれば、母の音は包丁とまな板の音だ。「トントントン」と響くやさしい音色。この音が小さな家に響き出すと家族が自然に食卓のある部屋に集まった。わざわざ家族のコミュニケーションなどと騒ぐ必要はなかった。
ところが今はどうだ。ネット時代は私たちに抱えきれないほどの言葉をあふれさせた。誤解と悪意の洪水だと指摘する人もいる。
おしゃべりに疲れたら、静かに耳をすませてみよう。たまには言葉なんか邪魔だと言ってみよう。
(万年editor)