登録初月は無料、バックナンバー【作家58人、連載回数416回】も読み放題! 会員登録はこちら  今すぐチェックする

『Web新小説』会員インタビュー

春陽堂書店Web新小説編集部

Web新小説会員紹介①


「町田康さんの山頭火解釈にとても魅力を感じます。旅先での読書では『Web新小説』が重宝していますね」と語る観世流能楽師・津村禮次郎さん。 今回は去る5月7日東京・喜多六平太記念能楽堂で津村さんが演じた「忠度」のレポートをお届けします。


「人間国宝の能楽師 津村禮次郎
優美に描く平家公達の夢──能『忠度』」


構成・岡﨑成美(本誌編集長)


人々が閉塞感に包まれる今、古(いにしえ)の世から光を照らす表現者がいる。 津村禮次郎、その人の優美な舞は人々を魅了して止まない。


能「忠度」を舞う津村禮次郎 ©吉越 研


「忠度」とは

 令和4年5月7日、東京は目黒の喜多六平太記念能楽堂にて、能『忠度』を緑泉会定例公演で津村禮次郎が舞った。
 コロナ禍にあってなかなか都心の能楽堂には足を運べなかったため、久々の鑑賞となった。心待ちにしていた私の期待を大きく上回る圧巻の舞台であった。
 この演目は、いわゆる修羅物と呼ばれるもので、文武両道の平家公達、平忠度の切なき妄執の物語である。
 忠度は平清盛の末弟で武勇の誉れ高き侍だったという。一ノ谷の合戦で源義経配下の岡部六弥太に討たれたが、その最期は敵に後ろを見せなかった。歌人としても優れ、藤原俊成の編纂する『千載和歌集』という勅撰和歌集に入選もしていたが、源氏に敗れ、朝敵となった忠度のその歌は「詠み人知らず」になってしまう。
 舞台では、旅の僧が忠度ゆかりの地で宿を乞い、桜の木の下に亡霊になって現れた忠度が「定家(俊成の子)に名前を入れてくれるよう」訴える。命を落とした一ノ谷の合戦で腰の箙に短冊をつけていたとも。その歌がこれである。

 行(ゆき)くれて木(こ)の下かげを宿(やど)とせば              花や今宵の主あるじならまし         忠度

津村「忠度」の優美さに見るもの

 その忠度の最期だが、源氏の軍に紛れて逃げようとしたものの、当時上流階級に流行っていたお歯黒をしていたので捕らえられたなど、侍としては首をかしげるエピソードも伝えられているが、いずれにしても、ここまでの和歌への執着は侍としての軟弱にあらず「風雅への執念」が本物であるといえよう。また、これを人間の「捨てきれない惑い」というなら、我が身にも覚えがある。
 この「惑い」を主軸にしたのが世阿弥作の能『忠度』なのだと思い当たった。
 世阿弥の遺志を継いだ表現者が完成された美しさで見せられれば、物語は妄執のまま、惑いが惑いのままでは終わらない……。
 まさにそれを知らしめる舞台であった。
 まず、静かな前シテの出である。見る者は、前シテの老人のか弱さに怯(おび)える。まさか女性かと間違えるばかりの繊細な橋がかりの姿に客席からため息が漏れた。老人の枯れた姿を見ているはずなのに一筋の煌びやかな光を見た錯覚に陥る。
 この時、面白い現象が起こった。一足先に出ていたワキの僧も、津村のこの光を見て感じるところがあったのだろう、一瞬、表情が眩しく輝いたのである。太陽と月の関係にも例えられるではないか。能舞台は宇宙である。
 また、ワキは見物の代表として舞台に出ていると仄聞する。それも納得できる話だと思った。見物はワキを見て、自分と思いが同期していることに気付いて驚くのである。
 前述したストーリーに基づき、舞台は進むが、前シテの老人の出において津村の優美な呪術の罠にはまった見物は、終幕まで誰一人として、忠度の和歌への執着を妄執とは思わない仕掛けである。
 ワキの旅の僧の夢に中に出てくる後シテの忠度は誠に優美で美しい。妄執にとらわれた亡霊に見えない。それどころか、歌道という理想に生きて燃え尽きた美しい公達となって私たち見物の前で舞を見せてくれたのである。
 忠度の和歌への情を無念として描くのか。
 それとも無尽蔵の理想への夢として描くのか。
 感染症の蔓延や凄惨な戦争が起きている日常、
 閉塞感に包まれる毎日、
 私たちが欲しているのは、間違いなく津村が描いた後者である。



津村禮次郎(つむら・れいじろう)

人間国宝(重要無形文化財「能楽」保持者)。 1942年福岡県北九州市生まれ。一橋大学経済学部、社会学部卒業。 在学中に女流能楽師、津村紀三子に師事。その後、能楽師の道を志し先代観世喜之に師事する。津村紀三子主宰の「緑泉会」を継承。 能公演の他には、三島由紀夫の時代環境と生涯を掘り下げたオペラ界とのコラボ『M.由紀夫』(座・高円寺2 2011年)、ベンジャミン・ブリテン音楽のバレエ『パゴダの王子』(新国立劇場 2011年)に演出参加、コンテンポラリーダンスの森山開次とインドネシア・バリ島でのコラボレーション(2014年)、と多彩な活動で知られる。 戦後、薪能の先駆けとなった東京「小金井薪能」は作家・林望と始めたもので、今年の8月30日で44回目をえる。


参考サイト
「銕仙会─能と狂言」
 http://www.tessen.org/dictionary/explain/tadanori
「the能.com」
 https://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_072.html
「BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
 https://bushoojapan.com/jphistory/kodai/2019/11/30/64335
「レファレンス協同データベース」
 https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000300733

最新号のコンテンツ

特集「この作家を読もう ──新刊を撃て!」 (2022年6月1日号)

逢坂冬馬氏インタビュー

侵略戦争の過去と現在などを『同志少女よ、敵を撃て』の著者は語る

連載 (2022年6月1日号)

Looking for 鷗外

紆余曲折の末ベルリンへ。未知なる鷗外との邂逅を綴る新連載スタート

伊藤比呂美

連載 書き下ろし連作小説 (2022年6月1日号)

藤沢周・連作小説館⑦ 言問

樹々からのいきれに蘇る父との記憶。これは過去なのか、現在なのか

連載 連載小説 (2022年6月1日号)

猛獣ども

山の中で醸成される噓と絶望。助けを求めて繰り返される、空しい賭け

連載 エッセイ (2022年6月1日号)

町田康の読み解き山頭火

行乞の矛盾と生存の問題に苦しむ山頭火は、草庵に定住することを願う

連載 俳句エッセイ (2022年6月1日号)

アマネク ハイク

鈴木真砂女ゆかりの小料理屋の思い出から「切れ」の魅力を解き明かす

連載 エッセイ (2022年6月1日号)

兼好のつれづれ絵草紙

雨の中会いに来た友を目で追う隠居。「碁敵は憎さも憎し懐かしし」

三遊亭兼好

連載 ウェブ絵巻 (2022年6月1日号)

漱石クロニクル ―絵で読む夏目漱石の生涯―

京都旅行を楽しむも体調は悪化。漱石山房にて、若い門下生らと過ごす

連載 俳句鑑賞 (2022年6月1日号)

楸邨山脈の巨人たち

旅情あふれる沖縄の景色から妻との思い出まで、静かで深い欣一の世界

連載 医学ミステリー (2022年6月1日号)

Dr.よねやまの芸脳生活 芸術家の生き様を医学で考える

最終回は生涯現役の武者小路実篤。大往生は肯定的な生き方の賜物か

連載 エッセイ (2022年6月1日号)

江戸の愛猫

江戸の夏の風物詩、隅田川の夕涼み。猫が舟に乗った団扇絵の秘密とは

連載 猫エッセイ (2022年6月1日号)

Q&A今月の猫じゃらし

突然、飼い猫が手にがぶっと噛みついた! こりゃ一大事と思ったが

連載 動画 (2022年6月1日号)

Dr.よねやまの芸脳生活

「まとめ!明治の芸術家たちの生き様」~Dr.米山のYouTube最終回

連載 動画 (2022年6月1日号)

町田康のパンク山頭火ラヂオ

徒然なるままに山頭火を語る町田版自由律YouTube。注目の第4回配信

バックナンバー (2022年6月1日号)

歌舞伎役者.坂東彦三郎朗読動画バックナンバーの部屋

坂東彦三郎が朗読。河竹黙阿弥の歌舞伎狂言12選 絵は辻和子

春陽堂書店Web新小説編集部

バックナンバー (2022年6月1日号)

岡もみじショートショート漫画バックナンバーの部屋

妄想膨らむ楽しい「しおり物語」の世界へようこそ! 全6回一気読み

編集後記 (2022年6月1日号)

気まぐれ編集後記

筆のさえが際立つ「寺子屋山頭火」。会員登録で繰り返し味わえる喜び

春陽堂書店Web新小説編集部

登録初月は無料

Web新小説会員登録はこちら