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特集とりとめな記

特集編集班

特集とりとめな記

海遥

身近に戦争がない。飢えとも遠い。そんな戦後の高度成長期を生きてきた自分は、死について真正面から考えることを避けてきた。バブルが崩壊する1990年代に入るまでの30年、日本人の多くが死を見つめ、死を考えることを、どこか棚上げにしてきた気がしてならない。

仕事を通して山折哲雄さんのことを知ったのは、ちょうどバブルが崩壊した後、90年代の初めのことだった。人類が、そして日本人が、生と死についてどんな思考を巡らせてきたのか。宗教、哲学、文学を素材に考察するその著作に多くを学び、前の職場では、何度か長い連載もお願いした。

その碩学にまた、エッセイの執筆を依頼しようかと考え、気楽な気持ちで京都のご自宅へ電話をかけたのは、2020年の4月のことだった。ところが、電話口の奥様から、肺炎で入院した知らせを聞いたのである。折からのコロナ禍で、志村けんさんをはじめ肺炎で亡くなった方の死が報じられていた最中だった。コロナではないようだ、とはうかがってはいたが、90歳を目前にして大病を乗り越えられるのかどうか、気に病んだのは、言うまでもない。

掲載したインタビューで山折さんにお目にかかったのは、3年半ぶりのことだった。その間、山折さんはご自宅で療養しながら、今も執筆を続けている。3年半前に比べて、少しだけ痩せてはいたが、目まぐるしく思考を巡らすスピードには、いささかも衰えを感じさせない。むしろ、生死の境をさまよって生還されたその思考は、研ぎ澄まされて、人間の死についていっそう深く洞察している。

産業化と情報化が高度に進んだ戦後の60年、私たちは、きらびやかな未来ばかりを追いかけ、死を見つめることを必要以上に避けていたのではないか。ところが、大震災と世界を覆うコロナ禍、そして悲惨な戦争は、死の問題を、我々にいきなり突きつけてくる。明るい未来ばかりを志向してきたツケを私たちは今、払わされている。私たちの祖先は、死をいかに身近に引き寄せて生きてきたのか――。長い伝統を顧みる山折さんの話が、死とのつき合い方を忘れかけた現代への処方箋となってくれればいい。




眠以子

古川日出男さんの小説からは、いつも「声」が聞こえるような気がしていた。

『ベルカ、吠えないのか?』『LOVE』『聖家族』……。音楽なのか、語りなのか、文字から立ち上がる「声」に耳を預ける時間は、いまも不思議な読書体験をもたらし続けてくれる。

そして、2011年、東日本大震災が起きたとき、福島県郡山市出身の古川さんはすぐに被災地に赴き、「馬たちよ、それでも光は無垢で」を発表された(のちに単行本となる)。

この文章を読んだとき、私は古川さんの戸惑い、驚き、怒りのような嘆きのような「声」をはっきりと聴き、眼前のことをひたすら書きとめようとする古川さんの使命のごとき気迫を受け取った。

そして、近年の大きな仕事である『平家物語』の現代語訳、『平家物語 犬王の巻』から『木木木木木木 おおきな森』、そして最新作『曼陀羅華X』へと続く執筆は、「声」が「祈り」の形をあらわにしてきたと、勝手な解釈ながら感じていた。


今回、「死」という難題に対し、古川さんは真摯に応えてくださった。

生きて肉体を持っているからこそ書ける、という厳然たる事実と、生者には体験としての「死」は絶対に書けない、という自明の理を超え、生きて「死」を書く、というあらたな可能性を提示されている。

そこには、「言葉の外」あるいは「言語以前」とも言うべき未知の領域に挑もうとする作家の「業」、そして覚悟が示されているようにも感じ、受け取った原稿を読んだときには震えてしまった。

これから古川さんが書かれる言葉に、どんな形でそれが現れるのか、はやる気持ちを抑えるのが難しい。


これを読む私たちの誰ひとりとして未だ経験していない「死」。そして、例外なく全員がいずれ経験する「死」。

いのちについてさまざまに揺さぶられ続けている不穏な現在。それぞれがいったん立ち止まって何かを確認できる契機になってほしいと願いつつ、古川さん、山折哲雄さん、梨木香歩さんが「死」について真摯に応えてくださったこの特集を自信をもってお届けしたい。

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