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『 初回無料閲読 』

藤沢周(無料閲読)

藤沢周・連作小説館①


「眼帯の下」は、気鋭の作家、藤沢周がWeb新小説に初めて寄稿した書き下ろし短編小説だ。作家本人とおぼしき主人公が、コロナ禍に故郷の新潟を訪ねる私小説風の佳作である。物語は、主人公の幼い頃の「過去」と感染症がはびこる「現在」が交錯する。

「記憶は何十年も経ってから、刃を向けてくることもあるが、優しい陽だまりを見せてくれることもある」と語る著者。人間にとって記憶の本質を問いかける読切りの四〇枚である。


眼帯の下

藤沢周

もう白鳥もシベリアに帰ったのであろう。

茫漠とした田んぼを眺めているうちに、わだかまったように固まっている何軒かの民家や、幾重にも並んだ大型ビニールハウス、銀食器工場などが車窓のむこうをよぎり始める。昨年の冬に入りかけた頃は、冷え枯れた田んぼのあちこちに白い点々とした群れが、土の中をついばんでいたのが見えたものだが、三月の中旬ともなって、北の国へと飛び立ってしまったのだろう。

まもなく到着するという新幹線の車内のアナウンスに、左の眼帯の位置を確かめると、マスクの紐との重なりが耳の付け根に痛くて、小さく舌打ちする。まばらな乗客が棚の荷物を取ったり、デッキの洗面所に向かったりと動き出すのを感じながら、自分もコートの袖に腕を通し、マスクをさらにしっかりと鼻柱に押しつけた。

「昼、エキナカで、へぎ蕎麦にしますか。それとも、古町ふるまちか駅南の……」

「なんか、俺ら、いかにも東京から出張で来ましたー、って感じだよなあ」

「っすよねえ」

若いサラリーマン二人組の会話を耳にして、マスクの内で唇の片端を上げる。

新潟駅ホームにゆっくりと入った新幹線からは、在来線のホームが見えたが、そこにいる人々にとっては首都圏から来る者らは、いい迷惑に違いない。「何もこんな時期に、ウイルスをまき散らしに来なくてもいいねっかや」という声が聞こえてきそうだ。

自分とても実家のクルマの車検などがなければ、まず帰ってこなかっただろう。ましてや、左の眼瞼がんけん霰粒腫さんりゅうしゅとかいうデキモノをこさえて、切開する羽目になったのだから、帰省など難儀なことこの上なかったのだ。

ホームに出れば、それでも仕事や帰省や観光か、マスクをつけた乗客たちが新幹線から降りてきて、目を伏せながらエスカレーターに頭を並べている。スーツケースや大き目の鞄を持っているならば、感染者の少ない地方にとっては、牽制したくもなるだろう。だが、私の荷物はと言えば、ほんの数日の着替えとパソコンくらいで、小ぶりのリュック一つに収まっている。

在来線に乗って、顔なじみの多い生まれ育った町で降りても、幸か不幸か、このマスクと左目の眼帯である。目出し帽を被っているよりも、私とは気づかないのではなかろうか。せいぜい、幼い頃からある、右の眉尻の大きなホクロを知っている者くらいしか、私とは気づかない。

乗り換えの途中で寄った手洗いの鏡を覗いてみれば、なんとも奇怪な面相になっている。トイレや試着室などならまだしも、思いがけない所に鏡があったら、そこに唐突に現れたくたびれた初老の男を自分とも思わないのではないか。

鏡の端に映っている若者の小用を足す背中を見やり、また、手を洗う自分の面に視線を戻す。手の水を切って、眉尻の大きなホクロの突起に眼帯の紐を添わせ、マスクの中で乾いた笑いを漏らした。

顔の面積に比してあまりに白い覆いが占め過ぎる。これでは感染対策というよりも、喧嘩か事故でも起こして顔の不様な腫れを隠すために、マスクと眼帯をしているかのようだ。

ふだんは自粛だの、ステイホームだの、と家に閉じこもっているばかりであったから、マスクも眼帯もせずにいたが、あらためて鏡の中の異様な顔貌を直視して、おかしいやら、情けないやらで、今度は笑いではなく、溜息でマスクの内を湿らせた。

ただ、その鏡の中の顔というか、むしろ顔の隠れた様を見ていて、ふと、誰かに似ている、と思っている自分がいた。

  誰だったか……。何処かで、見た、ような……。

記憶の底を手繰ってみるが、どうにも思い出せない。昔のことだったか、最近のことか。テレビドラマででも見たのか、仕事関係の者か……。

いや、見たことがある、というのではなく、見たことがありそう、というだけのことかも知れない。眉間に力をこめて考えているうちに、頭の芯がうずうずと痒くなって、記憶を追うのをやめてしまった。


在来線の越後線のボックスシートに座っても、地元の者たちが私の前や横に当たり前に座ってくる。誰も自分が新型コロナウイルスの蔓延する首都圏から来た者とは、思ってもいないのだろう。ただ、大げさなほどに白いもので覆った顔を、気の毒にとでも思うのか、目が合ってもすぐに視線をそらされた。

車体の腹からがらんどうを感じさせる響きが伝わってきて、車窓を見やると、川幅の広い信濃川が燦然と光を跳ね返していた。まだ気温は冬のままだというのに、川面に反射するおびただしい光が小魚の群れのように瞬いていて、春の兆しを孕んでいる。遠く越後山脈の冠雪した稜線も霞がかかって朧に見え、関屋分水せきやぶんすいを通る頃には、すでに我が身も田舎の少年の呼吸をし始めるというものだ。

「……このあたりらったわねえ」

「ああ、そうらわねえ。ほんにねえ」

車窓を擦過さっかする水道局脇の松林を眺めていると、懐かしい新潟訛りを話す、隣の高齢の女性たちの会話が耳に入ってきた。

「ほれね、あの女の子、ほんにね、かわいそげにさ。なーしてまたねえ、あんた。親御さんは、どんげ、つらかったやら」

「そうらてえ。へえ、狂うほどらこてね」

全国ニュースにも連日流れた、あの悲惨な事件のことを言っているのだろう。

車窓をよぎる松林から視線を外すと、片方の目を伏せ、自らの膝元を見つめる。まだ小学生の幼い女の子が誘拐され、悪戯され、殺害されて、この越後線の線路の上に遺棄された事件があって、世間を騒がせた。あまりに凄惨で残酷な事件が、生まれ故郷の町の近くで起きたことが信じ難く、東京にいた私でさえ胸をえぐられるような想いだった。まして、事件などとは縁のないような平穏な土地に暮らす人々にとっては、衝撃的であったに違いない。さらには、犯人が事件現場からすぐ近くに住む、地元の若い男だったのである。

「なんか、分からん世の中らて」

「誰が、何すんだやら……」

もう一度、マスクの内で深く溜息をつくと、隣の二人の女性が一瞬体をこわ張らせたように思える。こちらをちらりと見て、互いに目配せでもしたのか、それから静かにもなった。事件のあった現場を通過する時に、何もわざわざそんな不幸な話を持ち出したりして不謹慎ではないか、と私が咎めでもしたかのようなタイミングだった。

また車窓の景色に目をやって、民家の屋根のひしめきの、さらにむこうに広がる褐色の田んぼや薄紫に霞む山並みの稜線を眺める。

いや、違う。

そういうことか、と合点が行って、右目の端だけで二人の女性をそれとなく確かめた。暖房の効いた車内には暑すぎるほどのダウンやマフラーの首元に、二人して布マスクをした顔を俯けている。

地元の女性たちは、マスクに眼帯、だぶついた黒のトレンチコートという私の恰好が怪しすぎて、話を途中でやめてしまったのではないか。

そう思うと、にわかに居心地が悪くなってきて、意味もなく背筋を伸ばしたり、咳払いをしている自分がいた。「おめさん方、そんげに俺が怪しげに見えなさるかね?」と、新潟弁で話しかけたいくらいである。

「あんた、今日、あれらかね、まきの医者らかね」

思いついたように、一人の女がマフラーから顔を上げて、相手に問いかけている。

「膝がだめらて、痛ぅてねえ」

「らったら、私は、内野うちので降りるすけね」

私の生まれた町ではないか。ほれ、俺らわね、三番町の、文房具店をやっていた、神社近くの店の……、と腹の底で唸る。

その時だ。

洗面所の鏡の中の、自分に似ていると思った男が、突然蘇った。そして、薄汚れた包帯の手を伸ばしてくる、黒く大きな影に覆われたのだ。


「……坊ちゃーん、いいっ子。坊ちゃーん、いいっ子」

鳥肌が立つほどの猫撫で声を出して、私たち子供に近づいてきた黒づくめの男。鏡に映る自分の姿は、まるでその男にいで立ちがそっくりではないか。

もう五〇年あまりも前のことになる。私がまだ小学の二年生か、三年生くらいであったから、昭和四〇年代に入ったばかりの頃だ。近くの神社や、町に流れる新川しんかわのほとりなどで私たち子供が遊んでいると、何処からともなく、黒づくめのずんぐりした男がやって来て、「坊ちゃーん、いいっ子」と奇妙なほど柔らかな声を出しては、手を伸ばしてきたのだ。

片方の目には眼帯。口元はやはりガーゼマスクで覆っていたのだが、そのどちらもいつも薄汚れていた。さらに眼帯の上に、黒縁の丸眼鏡をかけてもいた。頭には左右に垂れのついた黒い頭巾のようなものを被り、寺坊主の袈裟のようにも、ゆったりとした黒いトンビコートのようにも見える、だぶついた衣を着ていた。その伸ばしてくる右手は薄汚れた包帯が巻かれていて、もう片方の左手には確か軍手をはめていたと記憶する。

「坊ちゃーん、いいっ子……」

丸眼鏡や眼帯、マスクで、何歳くらいなのかも分からず、顔の造作などもよく見えなかったが、それでも笑っていたのは分かった。目尻の皺なのか、声音なのか、笑みを帯びさせて、その「いいっ子」という、山なりになる独特のイントネーションで近寄ってくる影に、私たちはちりぢりになって逃げたのである。

「また、坊ちゃんいい子が来たろーッ」と。

中には、怖さから体が固まってしまい、動けなくなった友達もいたが、包帯からわずかに覗いた指先で、頭を撫でられるくらいのことだったが。

時代もあったのか、それとも土地柄なのか、私の生まれ育った町には、風変りな者が少なくはなかったことは確かである。童らに笑いながら近づいてくる、眼帯とマスクの黒づくめの男など、別に珍しくはなかったのかも知れない。

日本海と田んぼに挟まれた小さな漁師町は荒っぽい土地ではあったが、割烹や蔵元が多く、私が幼い頃は、芸者さんたちの三味線を稽古する音が朝から聞こえてくる土地だった。

そんな町に、リヤカーにおがくずを山盛りに積んで銭湯に運ぶ、おかっぱ頭にそばかす顔の年齢不詳の女や、雪の降りしきる冬でもモンペにゴムサンダル、薄い肌着だけの姿で、ぶつぶつと文句をいいながら彷徨する女がいた。「貴様ーッ」と叫んでは、自らの頬を平手打ちし続ける男。宇宙と交信しているという神がかった、恐ろしいほど白い顔の夫婦。酒に酔って銃をぶっ放しながら歩く老いた猟師もいた。

風変りで危ない人たちには違いないが、いずれも、何番町の誰々のトトだの、稲荷町の耳鼻科の倅だの、居所は知れていたのである。「また、あそこのもんが、騒いでるんだかや」と眉をしかめるほどのことだった。

それに比べれば、「坊ちゃーん、いいっ子」の男は、暴れるわけでも、危害を加えてくるわけでもない。ただ、その風体や雰囲気が、どうにも私たちの町の人間とは違う、異質なものだったのだ。

幼いなりに私は、親に連れて行ってもらった古町の繁華街や新潟駅前で見かけた、傷痍軍人なのではないかとも思っていた。男の眼帯や包帯を巻いた手が、そう思わせたのかも知れないし、黒い袈裟のような服から、埃や線香や鉄錆の混じったような、おかしなにおいがしていたこともある。

義足や片腕や、あるいは両足を失って路面をいざるようにしている傷痍軍人がまだわずかにでも街角にいて、ハーモニカなどを吹いていたりしたが、彼らのすべてが本当の軍人だったかどうかは分からない。背広を着た、いい大人が爪楊枝で路面に落ちている煙草の吸い殻を突き刺し、吸っていたり、小皿の醤油に輪ゴムを浸して、ちゅーちゅークチャクチャやりながら酒を飲んでいたりする時代だったのである。今から思えば、まだ、街の所々に終戦直後のような影が残っていたのだ。

そんな時空から流れてきたのが、「坊ちゃーん、いいっ子」の男だったような気がしてならない。もちろん、幼い頃の私には言葉になどできなかったが、生まれ育った町には、市内でも辺鄙な土地ゆえの何か生活のしたたかさがあったから、それとは色の違う、傷痍軍人のような男が異人まれびとにでも見えたのだろう。

「……あのぅ、これ」

背後から声をかけられた気がして振り返ると、通過した改札口を、制服を着た女の子が小走りに追いかけて来た。高校生くらいか。黒いウレタンのマスクをして、スカートから覗いた膝が果実のように光っていた。

「今、落としました」

「え? 俺の?」と、女子高生の手元のカードらしきものと、光を溜めた涼しげな目元を交互に見る。すぐにも新幹線の領収証だと分かった。自動改札に切符を通す時に、一緒にコートのポケットから落ちたのだろう。これでは首都圏からたった今やってきたのがあからさまだな、と思いながらも、「ありがとう」と受け取った。

眼帯にマスクという顔は表情も分からぬだろうが、女の子はひょこりと小首を突き出すと、制服のスカートの裾を揺らして駆けて行った。

「……嬢ちゃーん、いいっ子。嬢ちゃーん、いいっ子……、だな」

マスクの内で小さく笑いながら、遠近感の覚束おぼつかない足取りで、駅の階段を下りた。


自分が幼い頃よりも、ずっとひっそり、静かになってしまった町並みを歩く。商店街と言われていた通りも、人をほとんど見かけぬほどになったが、それでも昔のままの酒屋や古い洋品店、地元のタクシー会社やラーメン屋が残っていて、その軒の間を若者が作った新しい食堂や居酒屋がいくつか見られた。

横断歩道の盲人用の誘導シグナル音が、寂しげに鳴るのを聞きながら、弥彦やひこ街道と言われていた道沿いをゆっくりと歩く。どうにも、足取りが黒づくめの男になり、胸中で「坊ちゃーん、いいっ子。坊ちゃーん、いいっ子」と繰り返している有様である。

まだアスファルトも敷かれていなくて、凸凹と起伏した土の道の時代もあったのだ。ボンネットバスやトラックも車体を揺すって走ってはいたが、時々、荷役馬が暢気のんきに通り、大きな馬糞を落としていったこともあった。その道の端をとぼとぼと歩いてくる、「坊ちゃーん、いいっ子」……。

一体、あの男は何者だったのか……。

親にももちろん聞いたはずなのだ。「あの変な人は、誰なん? どこのもんなんで?」と。

はっきりとは覚えていないが、ただ、脳裏に浮かんでくる夕飯時の断片は、珍しく父親が早く帰ってきていて、一緒に食卓を囲んでいる時のものだ。私の問いに、親父はウイスキーグラスを口元にやったまま母親を見て、母親は箸を宙に止めて、親父を見た。一瞬のことであったが、互いに目を見合わせてから、母が口を開こうとするのを親父が制して、「とにかく、かまわんで逃げて来ればいい」、というようなことを呟いたのを覚えている。幼心にも、何か触れてはいけないことなのか、やはり、傷痍軍人のかわいそうな人なのか、と思ったことを記憶している。

古いサインポールの回る床屋を過ぎ、今は閉じられている精肉店、苔の浮いた白壁の続く蔵元を行くと、割烹の隣にある神社が見えて来た。

「……坊ちゃーん、いいっ子……」

片方の目を細めて見やれば、神社の水の涸れた手水舎の横で、子供たちが四人ほど、歓声を上げて遊んでいる影が見えるようだ。よく集まった場所……。年季が入って白っぽくなったゴム引きの合羽。それを樽の口に張ったのを囲んで、しきりに腕を振り、ベーゴマ遊びをやっているのだ。

「あ、坊ちゃんいい子ら!」と、声を上げて一目散に境内のあちこちに離れていく子供たち。口の欠けている狛犬の後ろに隠れる子もいれば、古い社の階を駆け上がる子もいる。「こっちらわやー!」と囃しながら横にスキップして逃げていく子や、境内の外に飛び出していく子もいた。だが、そのうちの一人の男の子だけが、ベーゴマの樽の横で足を踏ん張りながらも、近づいてくる私をじっと睨み上げている。

「坊ちゃーん、いいっ子。坊ちゃーん、いいっ子……」

できるだけ優しく、女のような猫撫で声を出して、男の子に近づいた。

額の右側だけ艶やかな髪の毛が跳ねた頭。淡い力を込めて、吊り上げている右の眉尻のホクロ。その子の頭に包帯の手を恐る恐る伸ばそうとしたら、いきなり強く、幼い手でねのけられた。そして、男の子は一歩後じさると、何かを取られまいとするかのようにズボンのポケットを押さえ、ぎこちない姿勢で身構えたのだ……。

そうだった。

私は男の伸ばしてきた包帯の手を、思いきり払ったことがあったはずだ。親に、とにかく逃げて来い、と言われていたにもかかわらず。いつも右のポケットにはベーゴマ、左のポケットにはカバヤのジューCというお菓子の空のカプセルを押し込んでいた。やすりをかけて角を強靭にしたベーゴマはもちろん大事な宝物だったが、お菓子の円柱形のカプセルは……。

マスクの中で思わず笑いを漏らして、幼い頃の、かなり風変りだったであろう自分を思い返す。

腕時計型のトランシーバーを作ろうとして、ボール紙の小さな円盤から釘のアンテナが飛び出るものをこさえ、悦に入っていたり、まだハンダごても扱えぬのに、高校生の従兄を真似てトランジスタラジオ作りに挑戦し、参考にしていたまともなラジオをハンダだらけにした。神社の裏にあった材木置き場に秘密基地を作り、そこから抜け出せなくなったり、ドロップキックを習得したくて、一日中何処ででも宙を飛んでは全身青痣だらけになったりもした。あるいは、乾電池を金づちで壊して、二酸化マンガンを取り出したり  

二酸化マンガン……。そんな何十年も口にさえしなかった化合物の名前が、ふいに脳裏に浮かんできて、自らの記憶のあり方に呆れもする。

これも従兄に教わったことだったが、二酸化マンガンと過酸化水素水を混ぜ合わせると酸素ができると聞いて、取り憑かれたように試験管の中で酸素を泡立たせていたのだ。その過酸化水素水なるものを親に薬局で買ってもらったのか、自分で買ったのか、従兄から分けてもらったのかは、よく覚えていない。だが、必死になって水上置換とかいうやり方で酸素を集めて、カバヤのジューCのカプセルに収めていたのだけは、よく覚えている。

あの時、自分は「坊ちゃーん、いいっ子」の男に、酸素カプセルを奪われるとでも、思ったのではないだろうか。猫撫で声で近づいて来て、包帯の手で頭を撫でるふりをして、隙をついてポケットの中のカプセルを奪いにきたのではないかと。何故なら、カバヤのジューCの酸素カプセルは、ベーゴマ以上に、私の宝であり、武器であり、友達を救う大事なものだったからだ。

私が必死になって、酸素を集めるようになったのは、いつも一緒に遊んでいたワタルという親友が死んでからだった。沢崎……ワタル……。ザリガニを川辺で取っていて、水深一〇センチという浅瀬で溺れ死んでしまった。てんかんの発作が起きて、うつ伏せで倒れてしまったらしかった。

生まれて初めての友人の死は、あまりに衝撃で、また怖く、親の話では半月以上、私はうなされていたらしい。ワタルが息をすることができなかったこと。一〇センチなどという水の深さで死んでしまうこと。いつも遊んでいたワタルが、横にいないこと。それらの恐ろしさで気がおかしくなりそうで、もしもワタルが呼吸できていたら、と切迫して、乾電池の二酸化マンガンの黒い粉を取り出していたのだ。

幼い親友が亡くなった新川、そこにかかる橋が見えてくる。帰省するたびに泥の色をした川面を眺めて、ワタルのことを時折思い出してはきたが、彼のために集めたカバヤのジューCの酸素カプセルまで記憶が蘇ることはまったくなかった。黒いコートを着て、マスクに眼帯をした自分だからこそ、そんなことまで思い出したのだろうか。

とろりとした光を揺らめかせている新川は、相変わらずミルクコーヒー色をしていたが、昔のように葦が群がって島になって流れていることもない。時々、毛が抜けた犬や腹を膨らませた豚の死骸が流れてくるような川だった。

「向こう岸まで、石、投げられっかー」

「そんがスルメなんてなくても、ザリガニ、捕まえられるろー」

「この町にも、ぜってえ、ケムール人っているわや」

葦の生えた川辺で足首を濡らしながら声を上げている子供たちを想っていて、「ああ、あの子たちは、マスクなどする必要もないんだな」と、微笑んでいる自分がいる。勉強などまったくそっちのけで、釣りやベーゴマや「ウルトラQ」に登場する怪人たちの方が重要だった。

欄干に手を添えて、橋の下を覗き込むと、遠近感の狂った川面に自分の頭の黒い影が揺れて、波紋に乱れている。ゆがんではちぎれ、くっついては揺らめく。川面の影に目を凝らしていると、何か影が生き物のようにも見えてくるが、光の加減で時々白いマスクと眼帯をつけている自分の顔が浮かび上がった。

マスクと眼帯の男は、無邪気な子供たちが単純に可愛く、頭を撫でたかっただけかも知れない、とも思う。私たち子供は、その異様な姿を見て、すぐにも逃げ出したりしていたが、町の見知らぬ爺ちゃんや兄ちゃんたちに声をかけられては、よく話したり、遊んだりもしていたではないか。

吃音混じりにもかかわらずお喋り好きだったワタルなど、よく大人の男たちとやたら楽しそうに話して、知らぬ大人たちについていきそうになることもあった。ワタルには、父親がいなかったせいもあったか。母子家庭だったから、父親のような人を見ると、やたら懐いていたようだったが、あのマスクと眼帯の黒づくめの男に対しては……。

いや、ワタルは、「坊ちゃーん、いいっ子」の男とは、話していない。知らないはずだ。あの男を見かけるようになったのは、私の左ポケットに酸素カプセルが入ってからのことだからだ。

「ライブって、そんなん、東京から来んなよな」

「せめて、無観客だよなあ」

「配信でいいんじゃね?」

橋を歩いて来る若者の声が聞こえて来たが、私のすぐ近くで無言になるのが分かった。息を詰めるようにして歩く気配を背後に感じ、通り過ぎると、「でも、アルビレックスの試合はリアルで見たいよなあ」とまた話し始める。

欄干から頭を起こして若者の後ろ姿を見ると、二人とも学生服にスニーカーを履いていた。近くの高校の生徒だろう。一人はスポーツバッグの持ち手に腕を通して、リュックのようにかついでいて、もう一人は大げさにバッグを振りながら歩いている。なんでもない高校生の姿が微笑ましいが、やはりこの田舎でも、対面の授業や部活などは制限されているのだろうか。

「難儀なご時世だよな……」

マスクの内でぼそりと呟いていると、海の方から、まだ冷たい風が川面を渡って来て、はだけていたコートの前を閉じる。ただ、わずかにだが、風の中に春の兆しの細い層が紛れ込んでいるようで、月が明ければ新川の両岸に沿う桜並木も満開になるのだろう。


親の写真の並ぶ仏壇に急ぎ蠟燭を立て、火を灯してから、すぐに眼帯とマスクを外した。

視界の明るさが一気に変わり、ひんやりとした清廉とも思える空気が肺に入ってくる。今まで、狭い空間にでも閉ざされていたかのようだ。小さな解放感を味わって深呼吸したが、それこそ、いざという時のために、秘密兵器の酸素カプセルを携帯していた方が良かろうか、と苦笑する。

洗面台で念入りに手を洗いながら、左目の瞼の腫れを確かめ、頬やこめかみにくっきりと残ったマスクや眼帯の紐の痕を指先で撫でる。ざらついた不精髭の感触に、口角を下げ、鏡の中のべしみが眉間をよじり上げた。

「いやー、それにしても……すっかり、年寄のツラだな」

一人、誰もいない実家に声を響かせていた。どうせマスクをして見えないのだから、と髭も剃らずに出てきたが、すでに白いものの方が多い。

あの「坊ちゃーん、いいっ子」の黒づくめの男も帰宅したら、薄汚いマスクも眼帯も丸眼鏡も、頭を覆っていた頭巾も外して、鏡の中の自身を覗き込んだであろうか。硝酸銀のシミが浮いたような古く曇った鏡に見入ってから、しばらくして、男は自らの充血した目を睨み、かさついた唇の片端をゆっくり上げる。

「坊ちゃ   ん、いい  子」と、今度は子供たちが聞いたこともないような、恐ろしく低い声で唸り、おもむろに振り返ると、自室に入って、押し入れの戸を開ける。そこには……。

死体が山のように積まれていたという、能「安達ケ原」の山姥の庵でもあるまいに。くだらぬ妄想をしながら、黒づくめの男を演技して右手を前に差し出しながら家の中を歩く自分は、一体何歳になるというのであろう。

情けなさに苦笑しつつ、もう一度仏壇の前に座り、揺らめく蠟燭の炎に線香をかざす。細い薄紫の煙が立っては、途中から蛇腹になってわななき、煙を広げているのを見ているうち、しばらくして炎も煙の筋も澄んで静かになる。蠟燭の炎にほのかに照らされた両親の写真を見ていて、とうに親父の齢を超えてしまったのだな、と嘆息したいような気分になる。

「……なんだか、なあ……。すみ、ません……」

思わずそんなことを呟いていた。

どうにも年齢が分からなくなり、三〇代になっている自分がいたり、実年齢をはるかに超えたような喋りをしている自分がいたりもして……。そして、何よりも、幼い頃に戻っていて、放心の内にも当時の細かな景色や空気のにおいや光の濃淡を生きていることが、最も多くなった。

しまいには、幼い自分が、眼帯とマスクという難儀なものをかけて帰省している、初老男の夢を見ているのではないかとさえ思うのだ。そんな夢を見るのも、黒い袈裟のようなものを着て、マスクと眼帯と丸眼鏡をかけ、私たちに猫撫で声で近づいてくる、あの気色の悪い男がいるせいだ、と。

背筋を伸ばして一回深呼吸をしていて、一体、何歳の私の息遣いなのであろう。小さな呻き声を上げて仏壇の前から立ち上がると、リュックを探って抗菌剤入りの目薬を取り出した。


車検のためにクルマをディーラーまで運転する時は、さすがに眼帯は外した。だが、近場のコンビニや郵便局に行くにも、荒れ放題になった庭のちょっとした手入れをするにも、眼帯とマスクはかけっぱなしである。

隣近所の者たちは、閉め切っていた実家の玄関戸が開いたり、車庫のシャッターが上がったりするのだから、私が帰省したのは分かるだろう。何もこんな時期に帰省しなくても、と思っているのだろうが、それでも通りで会う町の者たちが気づくことはないようだった。

三日ほどの間に、新川沿いを歩いたり、河口にある漁港や懐かしい神社、小学校の裏山に足を延ばしたりしたが、マスクや眼帯で端から初老男の素性など分かろうはずもない。

曇天の下をコートの両ポケットに手を突っ込み、肌寒さに首をすくめて町中を歩いているうちに、ふとほのかな温かさをマスクの頬に覚えて、歩を緩める。見れば、昔から鮮魚商をやっている魚角という店が、店頭で浜焼きをやっていた。五十嵐いからし浜の砂を集めた炉に炭火を焚き、その周りに串刺ししたカレイを並べて焼いているのである。懐かしさに立ち止まって見ていると、薄く焦げたカレイのいい匂いがして、しかも炭の熾火が顔や首元をほのかに炙ってくれ、少し冷えていた体にはありがたかった。

「おや、懐かしねえ。帰って来たん?」

店の奥からいきなり女性の声がして、顔を上げると、灰色のニットの帽子を被り、タートルネックにダウンベストを着た初老の女性が立っていた。

履いている傷だらけの白いゴム長靴や発泡スチロールの箱を抱えている姿は、明らかに魚角の者だろう。ただ、唐草模様の入った紺色のマスクのせいで、誰か分からないが……、うん? その悪戯っぽく笑う目元は……。

「誰らか分かる?」

「……八重、子、らろっか」

「らよー」と、さらに目尻に幾重もの皺を集めて、その初老の女は笑った。小中と同じ学校に通って、クラスも何年も一緒になったことのある八重子だった。

「あれ? なんで、八重子は、店にいんだや」

「ほら、うちのお父さんが、去年、脳溢血で倒れてさー、家が近くらすけ、手伝いに来てるんだがねえ」

新潟弁の訛りが強い喋り方に、おのずと安心して、自分が首都圏からやってきた迷惑者であるのを忘れてしまいそうになる。

「おうよ。親父さんかあ。大変らなあ」

紺色のマスクの上で笑っている眼差しを見ていると、確かに同級の八重子に違いなかった。それにしても、と、年齢を重ねた女性の目元を見ながらも、老いたのは自分も同じかと、マスクの中で密かに唇をゆがめた。むしろ、自分の方がはるかに老けて見えるはずなのだ。

「しかし、よう、俺のことが、分かったねっかや、こんげ……」

「いや、最初、違うかなあ、思うたけど、なんか、雰囲気で分かるこてさー」

「雰囲気、でねえ……。ああ、あと、このホクロか」

右の眉尻を指先で弾くと、眼帯の紐がずれる。

「でも、どうしたん? 目」

「ああ、ちと腫れてしもてさ」と眼帯の位置を直してから、指先で表面の細かな凹凸を撫でた。

「こんげマスクに眼帯して、分かるもんらかやあ。これらと、ほら……」と言いかけて、八重子が覚えているわけもないかと、一拍置いた。八重子はハマグリの入った発泡スチロールの箱を、冷蔵台の角に預けている。

「あの、俺らが小さかった頃に……、黒い袈裟みてえの着て、眼帯とマスクに丸眼鏡の……」

若い頃の面影が残った八重子の眼差しが、きょとんとしている。一体、この男は何訳の分からぬことを言っているのか、といった表情だった。

「ほら、女の子には近づかんかったみてらけど、俺たち男の子に近づいてきて、『坊ちゃーん、いいっ子』、言うて……」

「『坊ちゃーん』……?」と八重子はニット帽の下の眉根を寄せていたが、すぐにも、「ああッ」と細めていた眼が見開いた。

「沢崎さんらろ? 五十嵐二の町に住んでた」

「……沢崎……? 沢崎って、ワタルの……?」

「何言うてん。ワタル君のお母さんらねっけ。あんた、ワタル君とよう仲良くしてたわあ。いっつも一緒に遊んでいたねっけ」

……ワタル君……の、……お母さん……?

頭の芯を引っ張られるような眩暈がして、八重子の紺色のマスクや、浜焼きのカレイの並びや、冷蔵台に並べられた竹ざるの上の魚などが、片方だけの視界にめちゃくちゃになって回る。

……おふくろさん……?

「かわいそげらったよねえ」

「………」

「ほら、ワタル君があんげになって、もう何年になるー? 四〇年? 五〇年? 沢崎のお母さんもねえ、あれから、新川に飛び込んでしもて、死んだんだわねえ……」

「え……!?

「ほんに、気の毒らったわねえ」

八重子の話があまりよく入ってこなかった。私はワタルの家に遊びに行ってワタルの母親にお菓子を貰ったことも、何か面白い絵柄の入ったノートを貰ったこともあった、はずだ。朧げながらも、優しくてワタルに似た二重の目のはっきりした面影が、浮かび上がってくるようで、静かに目を閉じる。

「……ワタルの……お母、さん……」

八重子には、またいずれ、町に残っている友人たちと会おうか、とでも話して別れたと思うが、町の通りを歩く自らの足取りが覚束ない。

板金屋の前を過ぎ、昔、荒物屋で、今は市議会議員のポスターが貼ってある事務所の前を歩く。油とゴムのにおいのする自転車屋、いつのまにか一家して夜逃げしたという空き家、ミシン屋もなくなって建て替わったアパート……。

とぼとぼと歩いているうちに、ミルクコーヒー色をした新川まで来ている。橋の袂に釣り竿や網を持った子供たちが見えるようで、私は片方の目を細めて光が散乱している中の子供たちの影を眺める。

おどけて体をくねらせている子、アニメソングを音程の外れたままがなり立てている子、くたびれたグローブを頭の上にのせている子、ベーゴマの入った箱を抱えている子……。

  坊ちゃーん、いいっ子、坊ちゃーん、いいっ子……。

せめて可愛い頭を撫でてやりたくて、目尻に笑みを溜めて近づいていく。顔を隠すための眼帯の下は、川の水面の光が揺れているばかりだ。

(了)


※「藤沢周・連作小説館②」は八月号掲載予定。

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