鬼ものがたり
桑原茂夫
鬼ものがたり
桑原茂夫
第8話
あやしい香りが漂う 編
絵 東學
わたしがお仕えしている方は、宮家に連なる高貴なお方なのですが、このところすっかり痩せ衰え、このままでは命にも関わること必定、なんとかお救いする方法はないものかと、ご相談にまいった次第です。
その方のお名前は平中様。血筋がよいのはもちろんのこと、姿かたちも美しく、すべてが優雅で、宮中の女性たちは、身分の上下や年齢を問わず、誰もがひそかに憧れ、ため息をもらすような方でした。
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しかしどんなことにも例外はあるもので、平中様にまったく関心を寄せない女性もいました。宮中一の美女と噂されながら、誰ひとりそのすがたをしかと見たことがないという、なんとも謎めいた方で、人びとは幻の君と呼んでいましたが、平中様としては、幻だろうと現だろうと、放っておくわけにはいきません。なんとか自分に靡かせようと、ことさら丁寧に口説き落とそうとしたのですが、そう簡単にことは運びませんでした。
水茎の跡も麗しい手紙を何度届けても、一通の返事さえ返ってきません。完全無視です。そんな仕打ちを受けたことなどついぞなかった平中様、まあわたしに言わせればそのまま放っておけば、いずれ機会はくるものと、腹を括ればよかったのでしょうが、抑えようとすればするほど、どんどん思いは募っていたのかもしれません。とうとう、せめてこの手紙を読んだと、それだけでも返事を下さいませとまで書き送りました。
幻の君も、さすがにこれは無視できなかったのでしょう、すぐに返事が届きました。平中様がよろこんだのは言うまでもありません、
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