俳句で味わう、日本の暮らし
黛まどか
俳句で味わう、日本の暮らし
黛まどか
第十五回 端午
端午は旧暦五月五日で、中国の風習を起源とする五節句の一つ。〝端〟は初めの意で、五月最初の午の日をさすが、〝午〟と〝五〟は中国語で音が同じなので、後に五月五日となった。五が二つ重なるので〝重五〟ともいう。
旧暦の五月五日はちょうど梅雨入りの頃なので、気温も湿度も上がり、疫病や害虫が発生した。そこで古くは、蓬でつくった人形などを門戸に吊るして邪気を払ったり、〝薬猟〟といって山野で薬草や鹿の若角を競い狩る風習があった。
中国では今も旧暦の五月五日に、疫病退散や厄除けのために端午の節句を祝う。菖蒲や蓬を吊るし、粽を食べ、龍舟(通称ドラゴンボート)で競い合う〝競渡〟をする。競渡は、春秋戦国時代を代表する詩人で政治家の屈原の故事に由来する。讒言により地方へ追放された屈原は、秦によって滅亡に瀕する祖国(楚)を憂いて、汨羅江に身を投げた。屈原を救うため、多くの舟が競って漕ぎ出したという。これが〝競渡〟の発祥で、五月五日の屈原の命日に、供養として今も行われている。
端午の節句は七世紀前半には日本に伝わっていたようだ。『日本書紀』によれば、推古十九(六一一)年五月五日に、大和の菟田野にて薬猟をしたとある。明け方、冠位の色と同じ色の衣装を纏った諸臣たちが冠に飾りを付け、着飾って薬猟へと出発している。
大海人皇子(後の天武天皇)と額田王が、蒲生野の標野で交わした有名な相聞歌も、
登録初月は無料
ここから先をお読みいただくには
会員登録をお願いいたします
登録をすると、創刊号(2020年2月1日号)からのバックナンバーをすべてお読みいただけます。